AIっぽさを抜く
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、AIっぽさについて。
発信に生成AIを活用する時代
生成AIができることは日々増えています。
長い資料の要約や文章の作成、文字起こしはお手のもの。
スライドを作ったり、タスク管理もできたり、外国語の翻訳やレポート作成も。
デスクワークはほとんどできるのではないでしょうか?
こうなってくると、自分が眼にする文章や動画などの成果物のうち、生成AIが関わっていないものを探すことは難しい時代が来るかもしれません。
色んな発信を見ていると、
ブログやSNSの発信を生成AIを使って大量に作り出す、
なんてことも可能なようで、毎日自分の頭の中から発信のネタを必死に絞り出している私からすれば驚くやらあきれるやら、といったところです。
これ、AI使ってるな
でも。
やはり生成AIで作った文章なのかどうか、何となく感じるところがあります。
そして、AIっぽいなと感じてしまうと、もうその文章は読む気がしなくなってしまう。
生成AIでちゃちゃっと書いた文章なんだな、と。
なんだかキーボードを叩いたり音声入力でブログを書いてる人間の僻みみたいですね笑
あ、私も文章を作るときに生成AIは使うことはありますよ。
例えば、言いづらいことをメールで送らなければいけないとき。
こういうの、頭がグルグルして何で書けばいいのかいつまで経っても決まらない。
で、例えば生成AIに、どんな立場の人間同士のやりとりで、今どういう状況で、何を伝えたいのかを箇条書きにしてお願いすると、文章の案を作ってくれます。
あとは、追加したい要素を入力したり、構成を入れ替えたり、ニュアンスを変えてもらったり。
そうやって型ができれば後は、自分らしさで上書きします。
生成AIが考えた文章は「村田らしくない」ので笑、そのまま使うことは厳禁です。
「平素より大変お世話になっております」
とか、そんな言葉は使わないので、もっとフランクに。
ちと堅苦しい箇所があるので、言い方を変えて。
具体的な単語に置き換えたり、日付を付け加えて、AIっぽさを消していきます。
人間味あふれる
生成AIを使うと、色んなことが効率的にできるようになります。
それは間違いない。
でも、人間同士のコミュニケーションまで効率で測って良いものかどうか。
私自身、もし相手の方からの連絡をいただいて、その文面が生成AIでサクッと作ったものをそのままだとしたら、あんまり気分は良くないです。
が、これも過渡期なのでしょう。
昔でいうところの、パソコンやインターネットが世間に広まった時のように、常識は塗り替えられるもの。
今の子供たちが社会人になる頃には、メールやチャットツールの文面は生成AIに作ってもらうことがビジネスマナー、みたいになるのかもしれませんね。
ま、その頃には生成AIも、本人らしさ・人間味あふれる文章を作ることができるように進化しているのでしょうね。
【編集後記】
昨日は午前中はブログと自重トレーニング。
午後からはオンラインでコーチングを夕方まで。データ整理など。

