AIがコンテンツを作るいま、個人の発信の意味は?
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、発信の在り方についてのお話。
個人でコンテンツ作成が簡単になった
インターネットが普及する前は、
個人が情報を世の中に広く発信する手段は限られていました。
テレビやラジオに出るか、書籍を出すか。非常に高いハードルでした。
今は、インターネットのおかげで個々人が気軽に情報を発信できるようになりましたね。
このブログもその一つ。
インターネットが存在しなければ、ブログの存在もなかったわけです。
しかも現在では、生成AIがある。
生成AIを使うと、コンテンツを文章で作るも動画にするも、自由自在というではありませんか。
私自身、このあたりの情報は色々と見るようにしていますが、生成AIを使って短時間で大量のコンテンツを生み出す方法、みたいなものも見かけます。
自分という存在を「カタチ」にする
コンテンツの物量では、生成AIにはかないません。無理です。
なので、量で勝負というのは捨てましょう。
いっそのこと、情報発信の意味について、考え方を変えてみるのも面白いのではないでしょうか?
営業のため、副業で収入を得るためなど、情報発信をする目的は個々人でさまざまでしょうが、
自分という存在を「カタチ」に残す、
ということに意味を見出してみるのはどうでしょうか。
自分がこれまで学んできたこと、経験してきたこと、自分の人生における哲学など、
コンテンツというカタチにしておくのです。
それを、文章にするのが得意な方ならブログにする。もちろん、別媒体でもいいでしょう。
いや、世間に公開するのは気が引ける。それでもいいのです。「文章」という形にすることに意味がある。
おしゃべりが得意なら、スマホにしゃべって「音声」としてデータに残す。
もちろん、「動画」でも。
自分の中にあるコンテンツを外に出して「カタチ」を与えておくと、
それは後世にのこります。
誰かに伝えることができます。
自分自身で参照して記憶や経験を呼び戻すフックになります。
非常に有益だと思います。
ネタは「鮮度」が重要
発信のネタも鮮度というものがあります。
といっても、ここで言う鮮度は、世間で話題になる度合いのことではありません。
自分にとっての鮮度があるかどうかなのです。
自分自身の脳みその中にある知識や経験というものは、人間やはり忘れる生き物ですからそのうち消えてなくなってしまいます。
鮮度が落ちて、カタチにしようにもどうしようもない、ということになるのです。
私の場合、ブログで発信を始めた最初の方で、国税局・税務署で働いていた頃のお話をたくさんしていました。
「覚えているから」です。
退職してすぐの頃ですから、記憶が鮮明ですよね。
だからこそ、国税時代の話をたくさんブログで書いたのです。
今ではどうか?
退職してかれこれ2年が経ちました。
国税のことを、何か書いてよと言われても。
以前と同じクオリティの発信ができる自信はありません。
でも、これまで書いていた記事はすべてブログにカタチとして残っている。
そういうものを見返せば、現役の国税職員の時の記憶を呼び戻すことは可能です。
ぜひ、今の内から、自分の経験や知識をカタチにしておきましょう。
特に、この記事を読んでいるかもしれない最近国税を辞めたばかりの方へ。
職場を離れれば、あっという間に記憶は薄れますよ~
せっかく獲得した知識や経験が薄れる前に、一般に公開するかどうかはともかく何らかのカタチにしておくことを強く勧めます。
そうすれば、そのネタは時間がたった後で活かすことができるかも。
【編集後記】
昨日は午前中はブログ下書き。
お昼前に府中に移動し、税務署で打ち合わせ。
帰宅後、ブログ更新やまとめなど。

