その「毎日読書」、本当に必要? 目的と手段を履き違えて苦しむあなたへ
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日はその「毎日読書」、本当に必要? 目的と手段を履き違えて苦しむあなたへ。
「100点満点」を目指さない
ちょうど入試のシーズンに、こんなことを言うと申し訳ないです。
もちろん入試の話ではありません。
入試では、少しでも高い点数を目指すもの。
100点を取ることができるなら取った方がいい。
ただ、行き過ぎて「100点満点」以外に価値が無いように思ってしまうことは避けたいですね。
100点満点を、物事の「自分の理想形」と考えてみましょう。
新年に今年の目標を立てた方もいらっしゃるでしょう。
例えば、毎日読書するとか。
この「毎日読書」が100点満点だとすると、
たまたま数日だけ、読書が続かなった場合、自分自身に対して減点してしまいますね。
自分にダメ出し。
やらないほうがいいですよ。
自己肯定感がめちゃくちゃ下がりますからね。
どんどんネガティブになってしまう。
それは目的なのか手段なのか
ここはよく履き違えしやすい部分ですね。
「毎日読書」する。
これって、目的なんでしょうか?手段なんでしょうか?
毎日読書することが目的なのであれば、
極論、スマホで何かしらの文章を眺めていたっていいわけです。
・・・違いますよね?
毎日読書したその先に。
何を目指しているんでしょうか?
その目指すべき理想形があって、それを実現するための「毎日読書」という手段ではないですか?
そこを考えると。
「毎日読書」が少し挫折して、
ここ一カ月くらいやってないなと思っても。
手段そのものに点数評価は当てはまらないでしょう。
試験で置き換えて考えてみましょう。
試験で100点を目指して勉強している、その勉強手段自体が何点の勉強手段であるのか?
誰も気にしないでしょう。
もし、新年の目標が挫折しちゃったなと思っても。
その目標って、手段のことではないですか?
もし「毎日読書」という手段が続かなかったなら。 それは挫折ではありません。
「この方法は自分に合わなかった」という貴重なデータが取れただけです。
失敗ではなく、ただの「実験結果」。
だったら、次の手段を試せばいい。
もう一度やり方を考えて、
目的を達成するための他の手段が無いかを見直してもいいじゃないですか?
「毎日読書」だけが目的達成のための手段ではないですよね?
(別に週一読書でもいいじゃないですか)
まずは、「やること」。
やらなければ、目的に近づくことはできないのです。
もう一度手段を変えてやってみる。
そうすれば、目的に1ミリでも近づくことができる。
1点でも、目的を達成するという点数を引き上げることができるのです。
自分の目的って何だろう?
この観点を忘れないようにしましょう。
手段に優劣はない
目的を達成する手段に優れているとか、劣っているというものはない。
そう思います。
「毎日読書」という手段。
これを、実際に書籍を手に取ってじっくり自分の目でメモを取りながら読み込むのか。
それとも。生成AIを使ってサクッと概要だけを掴むのか。
前者は時代遅れで時間を無駄にしていると言われ、
後者は自分で考える力が失われてしまうなどと言われる。
そうやって言われてしまうと、自分の取る手段が本当に正しいのかどうか、わからなくなることもあると思います。
目的を達成するためには、色んな手段があることをわかっておきましょう。
そのうえで、今の自分に取りうる手段を自信をもって取ればいいのです。
誰かに自分の手段を批判され、辞めてしまうことが一番もったいない。
私だって、書籍をじっくり時間をかけて読み込みたいですよ。
でもね、その手段を理想形にして、それができないなら「何もしない」ということはよろしくない。
自分が望む手段でなくても、まず「やること」が大事です。
やれば現実が動きます。
やれば目的に一歩でも近づくことができる。
とにかくまずは、やってみましょう。
【編集後記】
昨日は午前中はブログ更新と自重トレーニング。
午後からは、税務調査関係の申告作成。
