すべては「さかさま」である
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、すべては「さかさま」、というお話です。
強く見える、弱く見える
一見すると。強く見える人がいます。
収入も高い、立派な肩書きもあって、身体も鍛えている。
方や。弱そうに見える人もいます。
なんとか食べていけるくらいの不安定な稼ぎで、肩書きとは無縁。身体もひ弱そう。
でも、実はすべてはさかさまなのです。
なぜ、収入を求めるのか?肩書きをゴテゴテまとうのか?身体を鍛えるのか?
自分の弱さを見せたくないからです。隠したいからです。自分で自分の弱さを受け入れ、認めたくないからです。
だから、自然体の自分を曝け出さず、いろんなものを身に纏うのです。
なぜ、食べることができるくらいの稼ぎで満足しているのか?肩書きを求めないのか?身体を大きくしないのか?
自分の器を知り、足ることを知る強さがあるからです。肩書きではなく、自分の本質で勝負しているからです。身体よりも、心を鍛えているからです。
だから、自然体で相手に接し、外側を飾ることに興味がない。
強いから支配する?
強いから、他人を支配するのか。
弱いから、他人から支配されるのか。
でも、実はすべてはさかさまなのです。
なぜ、他人を支配するのか?
強いからではありません。
自分と異なる存在を受け入れる強さがないのです。
自分が弱いから、支配して自分に同化しようとする。
なぜ他人からの支配をされるのか?
弱いからではありません。
自分を支配しようとする、その相手であっても受け入れることができる強さを持っているからです。
強さがあるから、自分と異なる存在も受け入れることができる。
弱いから奪われる?
強いから、他からモノを奪うのか。
弱いから、他からモノを奪われるのか。
でも、実はすべてはさかさまなのです。
なぜ、他からモノを奪うのか?
強いからではありません。
自分のモノに強く執着しているからです。
モノが無くなることが、怖いのです。
だから、まずは他から奪い、自分の手元のモノを増やすのです。
なぜ、他からモノを奪われるのか?
弱いからではありません。
自分のモノを手放す強さがあるからです。
モノが失われても、また新しく手に入ることを知っているからです。
だから、自分の手元からモノを手放すことを恐れないのです。
実は、すべてはさかさまなのです。
【編集後記】
昨日は早朝にブログ更新。
その後はオフ。

