違う世界を想像してみる
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、違う世界を想像してみる、というお話。
想像力の範囲
我々人類がここまでの文明を発展させることができた要因の一つとして、
「架空の存在や架空のストーリーを想像することができる」
というものがあるそうです。
我々の社会がまさにそうで、
「国家」「民主主義」「資本主義経済」
というものは、別に目に見えないわけですよ。
でも、実際にそれらが存在しているように感じているし、それらが存在する前提で社会が回っているわけです。
とはいえ。
やはり自分が見たこともない存在をゼロから想像することは難しいものです。
この、ゼロから物事を想像することができるのは、実は人類のほんの一握りだけではないでしょうか?
結局のところ。
我々の想像力の範囲は、自分が現に見たり聞いたりしたことの範囲を超えることはない、かもしれませんね。
世界はこの範囲でしかないという「思い込み」
怖いのは、自分の周囲だけが世界であると思い込んでしまうかもしれない、ということ。
自分が見える世界が「普通である」と考えてしまうこと。
人類が本来持っていた想像力を押し込めてしまった結果ですね。
行き過ぎると、「自分の考えに反する別の人たち」を攻撃するとか排斥するようなことになってしまう。
自分と違う物事の考え方があると想像できれば、こういうことをしないわけです。
例えば、前職では始業前に若手が上司先輩の机を雑巾で拭いていました。
私もやりました。
30歳近くになっても机拭きはやってましたね笑
では、他の組織ではどうなのかというと、いまどきそんなこと、やってないでしょ。
それを、私が他の組織に行ったときに、そこの若い方に机を拭けなどと言わないでしょ、ということなんです。
自分の世界の範囲の出来事が普通のことであり、違う世界でも通用するなんて、あり得ないことなんです。
世界って、本当に広いものですね。
違う世界はすぐ隣に
同じ空間を共有していても全然住んでいる世界が違う。
なんてことは割と良くあります。
私の場合、社会人となってから強く感じましたね。
何で通路を挟んで隣のセクションと、自分がいる部署ではこんなにも雰囲気が違うんだとか笑
あっちのセクションに配属されていれば、どんなに毎日楽しく働くことができたんだろうなとか、思ったものです。
だからこそ、自分のいる世界はいつでも移ることができるのだ、という感覚を持つことが大事なのです。
自分の隣のセクション何て、目に見える範囲ですら自分のいる世界と違うというのに。
自分の目に見えない範囲でどれだけ違う世界が存在するのでしょうか?
自分がいる世界がすべてだなんて、思わないようにしましょう。
想像力を使って、違う世界をチラッと覗き見ることを恐れないことです。
あ、良さそうだなと思ったら、ヒョイッと世界を乗り換えることも躊躇なく。
自分が生きる世界を変えるだけで、人生は大きく変わるものです。
というか、変わりました。
【編集後記】
昨日は早朝から埼玉に出張し、税務署で調査官と面談。
帰宅後、ブログ更新。お客様のExcel会計入力。
