「自己犠牲」は失礼
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、自己犠牲は失礼になる、というお話。
誰かのために
「お客様第一です」
「あれもこれもサービスをします」
こういう言葉、聞いたことありますよね。
お客様ひいては、誰かのために、自分にできることをしてあげたい。
特に私自身、税理士というサービス業を営んでいますので、余計にそう思いがちです。
でも、それが正しいのかどうか?
これもまた、自分の考え方の癖なのではないか?
最近はそう思うようになりました。
幼い頃に聞いたことがある言葉。
「人の嫌がることを、進んでやりましょう。」
学校の壁にでも貼ってありそうな言葉です。
皆さんも聞いたことがあるんじゃないでしょうか?
これは、本来はとても良い言葉だと思います。
会計や税金の計算が好きという方はほとんどいないでしょう。むしろ嫌いと思ってる方も、それなりにはいらっしゃると思います。
でも私の場合は、こういう会計や税金の計算に関してポジティブな感情を持っていますので、
まさに、人が嫌がる会計や税金の計算を進んで引き受けることで、生計を立てているわけです。
あの言葉のおかげで、おいしいご飯を食べることができています。
サービス精神=自己犠牲?
ただこれも、行き過ぎると問題です。
自分の身を削って、誰かのために動く。
サービスも行きすぎると、単なる自己犠牲になってしまう。
「この人はこういうことが困ってるだろうから、こういう風に動けば喜んでくれるだろう。」
「先回りして、手を打ってあげよう。」
「このまま進むと落とし穴があるから、あらかじめ埋めておこう。」
どちらも素晴らしい考え方だと思いますが、それ相手から頼まれてやっているのかどうか?
もしかすると、頼まれもしていないのに気を回して勝手にやっていませんか?
これが仕事上の話だとすると、対価をきちんと受け取っているかどうか?
組織勤めが長いと、こういうことをする人のことを「気が利く」なんて表現します。
特に、世代が上の方からは評価していただけますね。
私などは、新人の頃は気が利かないだのなんだのと言われたことがありましたので、ちょっとモヤモヤとするんです。
ただ、大体こういう気が利かないなんて話は飲み会関係が多いですから、聞き流すくらいがちょうど良かったりもします笑
でも、頭の奥底に染みつく事はあるんですよね。
相手を見下しているから
根本的なところで。
こういう自己犠牲的な行動は、その相手に対する見下しがあるのではないかと思います。
「こういうことをしてあげないと、相手が困るだろう。」
要するに、相手がその事態に対応できない人だと思っているんですよね。
「先回りして手を打ってあげる。」
どうせこの人には対応できないからと思ってるわけですね。
「落とし穴のあらかじめを埋めておく。」
その人が見事に落とし穴に落ちると思ってるからですよね。
というように、何だか、失礼です。
「注意喚起」くらいなら、全然やってもいいのですが。
実際に勝手に手を出して、度が過ぎたサービス精神は、相手のことを全く信用信頼していないということの裏返しではないでしょうか?
なので、やめました。
正式なご依頼もないのに、先回りしてあれこれサービスする。
これまでご請求していた報酬以外でお取引を持ちかけられた場合は、報酬のお話をする。
こういう考え方に気づくのに、ずいぶんと時間がかかりました。
これだけでも、独立した甲斐があったと言うものです。
【編集後記】
昨日は午前中はブログ更新と自重トレーニング。
午後からはクライアントの会計をExcelで作成。続き。

