宿命に優劣はない
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、宿命に優劣はない、というお話。
「宿命」と「運命」はまったく違う
昨日のブログでは、「小規模・分散・自律」という世界に向いている人の気質についてお話ししました。
納得できないルールにはどうしても心が拒絶反応を起こしてしまったり、
社内政治が不得手だったり、人との間に適切な距離感を求めたり。
こうした性質は、無理に直そうとして直るものではなく、
その人が生まれ持った「気質」そのものです。
この話に関連して私が生きる上でとても大切だと感じているのが、
「自分の宿命を理解する」ということです。
よく混同されがちですが、「宿命」と「運命」は明確に違うものです。
「宿命」とは、持って生まれた変えられない定め。
どんな時代や環境に生まれたのか。どんな肉体や気質、得手不得手を持って生まれたのか。
「運命」とは、これからのこと。
「命をどう運ぶか」という、自分の選択と行動で切り拓いていくこと。
宿命とは、いわばゲームの最初に配られた「手持ちのカード」のようなものです。
配られたカードそのものを嘆いたり、隣の人が持っている輝かしいカードを羨ましがったりしても何も始まりません。
まずやるべきは、自分にどんなカードが配られているのかを正確に見つめることです。
そのためには、徹底的な自己分析を行い、自分という人間を素直に「識(し)る」ことなのです。
宿命に優劣はない。ただ「そういうもの」
大切なのは、「宿命に優劣はない」ということです。
組織のピラミッドの中で力を発揮する人がいて、ひとりで自律してこそ輝く人がいる。
そこに上下や勝ち負けはありません。
時代遅れだ何だと、失礼な話です。
ただ「自分はそういう設計図を持って生まれてきた」というだけの事実なんです。
世間のモノサシや他人の期待に合わせて「自分以外の誰か」になろうとするのをやめ、
「自分はこういう人間なんだ」 と腹の底から理解できたとき、 「この自分で生きていこう」 と、
本当の意味で自分の人生を歩み始める覚悟が決まります。
葛藤があったからこそ、磨かれた
振り返ってみれば、かつて組織の中で感じていた違和感や、
周りに合わせようとして苦しんだ葛藤の日々も、決して無駄ではありませんでした。
あの葛藤があったからこそ、自分の得手不得手や譲れない価値観が浮き彫りになり、
自分という人間が磨かれたのだと感じています。
葛藤もまた、自分を識るために必要なプロセスだったのです。
そして、自分の宿命に合った環境を自分の意志で整え、自分自身を存分に活かせるようになった今、
「同じように、自分の宿命を活かして生きている人たちとのご縁」 が、自然と増えてたように感じています。
お互いに自分の足で立ち、自律している者同士だからこそ、
依存も支配もなく、心から尊重し合える心地よい関係を結ぶことができる。
自分を活かして生きるということは、自分自身を幸せにするだけでなく、
巡り巡って素晴らしいご縁を引き寄せ、社会と温かく調和していく道なのだと実感しています。
配られたカードを愛し、命を丁寧に運んでいく。
まずは自分自身を静かに識ることから、すべてが始まるのです。
【編集後記】
昨日は午前中はブログ更新と自重トレーニング。
午後からはお客さまの申告案のチェック。
夕方から外出し、食事。

