大人の学びを阻む「制約」を突き止める
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、大人の学びを阻む「制約」を突き止める、というお話。
学びたいのに、学べない
先日、私が使っているパソコンやタブレット、電子書籍リーダーなどについてご紹介しました。
社会人になっても「本を読みたい」「歴史や哲学など、普遍的な知識を探求したい」という想いを持っている方は多くいらっしゃるはず。
しかし、現実は厳しいものです。
「休日に読書をしようと思ったのに、結局Youtubeを見て終わってしまった」
「時間がない、疲れていて本を開く気力がない」
そんな要因から、知識の探求を諦めてしまっている方も少なくないはずです。
かつての私もそうでした。
気になった書籍を書店で購入し、選書サービスに加入して良書を送ってもらっても、本棚や床に積んでおく。
読みたい本がいつしか、読まなければならない本に変化し、重荷となってしまう・・・。
そういう時、私たちはつい「最新のiPadを買えば読書がはかどるかもしれない」「時短アプリを入れよう」と、手っ取り早くツールで解決しようとしがちです。
まずは「何が制約なのか」を突き止める
その前にやるべきことがあります。
それは、「自分が学びを諦めてしまっている制約は一体何なのか?」を突き止めることです。
本が読めない理由は、「時間」がないからなのか。
それとも、日々の仕事で疲れ切り、「心身の不調」に陥っているからなのか。
あるいは、学びたい本が高くて「お金」を理由にしているのか。
一言で学びをあきらめると言っても、個々人でいろんな事情や理由があるもの。
にもかかわらず、電子書籍をスマホで買えばとか、オーディオブックで耳から聴けばいいとか、一律的なアドバイスはあんまり意味がない。
例えば、「疲労」で本を開く気力がないのであれば、読書は朝イチの5分と決めて、駅で通勤電車を待つ間だけ本を開くとか。
例えば、本は重くてかさばるから自宅でしか読めないというのであれば、電子書籍サービスを利用してどこでもスマホで読めるようにするとか。
こういうことを無視して、電子書籍リーダーを買えばいいとか、生成AIに要約してもらって時短だとか言っても仕方ありません。
自分の制約がどこにあるのかを突き止めない限り、どんなに高価なツールを買っても、結局は使わなくなってしまうのです。
(そしてまた自己嫌悪という負のループ)
完璧な整理を捨てる
自分の制約を把握し、いざ学びの環境を整えたあとに立ちはだかるのが、「綺麗に整理したい」という罠です。
私は、電子書籍のPDFに引いた線やメモはそのままにしています。個別に読書メモは作りません。
これはと思う個所をスマホで箇条書きでまとめるくらいです。
フォルダごとに綺麗に分けたり、ことさら整理したりはしません。
気になった時にまた読み返せばいいだけですから。(そのための書籍PDF化でもあります。)
生成AIなどの技術は日進月歩で進化しますが、アップデートのたびに過去のデータを分析し直すようなこともしません。
なぜなら、私の目的は「完璧で美しいデータベースを作ること」ではないからです。
ツールや整理にこだわらない。
まずは本を開き、読むこと。
自分の中にインプットすること。
学びの究極の目的は、時短や効率化ではないはずです。
複雑な社会や、仕事の悩みに立ち向かうため、歴史や普遍的な教訓を自分の中に取り入れていく。
「インプット」の時間を捻出するために、整理を捨て、AIやツールを活用するのです。
もし今、学ぶことを諦めかけているのだとしたら、
まずはご自身の「制約」がどこにあるのか、少しだけ立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。
【編集後記】
昨日は午前中はブログ更新と自重トレーニング。
午後からは事務所の経理。


