スポットではなく、最終局面を見る
おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。
今日は、最終局面を見ようという話。
最後までどうなるかわからない
公務員の時もそうでしたが、人間というのものは他の存在と自分を比べがちです。
唯我独尊、という方もいらっしゃるのでしょうが、大なり小なり他の方と「比較」をしてしまうものです。
そこで一喜一憂するくらいならいいのですが、落ち込んだまま戻ってこれないと問題です。
なので、比較するときはその経過と最終局面を見る必要がある、と思います。
思い返せば、高校1年の時、勉強についていけず、英語と数学で人生初めて赤点を取ってしまいました。
当時は本当に辛く。
高校1年生の時をスポットで切り取ると、
自分は勉強ができない頭の悪い人間だ
という判断になってしまいます。
でも、実際は時間経過とともに状況が変わりまして、
高校2年生からどんどん持ち直して、高校生最後の時には英語も数学も平均よりちょい上くらいの成績に。
高校1年生の時には考えられない状況ですね。
あの時に落ち込んだまま戻ってこれなければ、どうなっていたか。
スポットで判断しない
なので、今この瞬間、スポットだけで判断するのは、ちょっと待った方がいいなと思います。
最後、死ぬ瞬間まで状況は変化しますので。
さて、私の趣味の話をしますと、三国志が好きなんですね。
知っている方も多いでしょう。ゲームも出てますし。
その中でも、一番のお気に入りは「諸葛亮」です。蜀の軍師ですね。
武闘派ではないところがね。
三国志のゲームは中学生の頃から遊んでいましたので、当時からお気に入りはあったのですが、
最近は嗜好が変わってきました。
諸葛亮ではなく、そのライバル的存在である魏の軍師「司馬懿」の方が気になるなと。
ゲームや小説では、どうしても諸葛亮の奇才ぶりが目立ちますし、司馬懿は申し訳ないですが、その諸葛亮の知略に翻弄される存在、といういわば諸葛亮の引き立て役みたいになってしまうので、子供の時は諸葛亮すげーな、と思ってしまうんです。
でも、年を重ねるにつれて、
司馬懿の方がすごいのでは?
という気になってきたんです。
最終局面で見ると
スポットで見ると、諸葛亮はめちゃくちゃ活躍します。
有名な赤壁の戦いで儀式で風を吹かせて勝利に貢献しますし、
南方遠征では同じ敵を七度捕まえてはそのたび釈放し、心をつかんで帰順させますし、
晩年の大国魏との戦いでは、魏の軍師である司馬懿を翻弄し勝利まで目前に迫る。
そして戦いのさなか病気で死んだときですら、自分の死を作戦に利用して、無事に軍隊を撤退させる。
(あと〇年、寿命があれば・・・)
・・・自分と同じ人間とは思えない。
片や司馬懿の方は、本格的に登場するのは諸葛亮の晩年、魏との決戦の場面です。
そのときに、司馬懿は魏の司令官として必死に諸葛亮に抵抗しますが、打つ手打つ手がことごとく裏目に出る。
最後は、自分の陣地に閉じこもって諸葛亮と決戦するのをひたすら避ける、というところまで追い込まれます。
カッコ悪いですね。
では、最後はどうだったのか?
諸葛亮は魏を倒せず、戦いの最中に病死します。
そして諸葛亮の死後、蜀は魏軍の司令官になった司馬懿の息子たちによって滅ぼされます。
結局のところ、諸葛亮は、中国大陸の山奥の辺境国家の宰相、というところで終わってしまうのです。
片や司馬懿はどうか。
諸葛亮の寿命を待って判定勝ちを収めた後、国内でクーデターを起こして魏の権力を握ります。
あくまで魏の「最高権力者」として死を迎えます。(皇帝ではない)
そして残された司馬懿の息子たちによって魏は滅ぼされ、「西晋」という帝国が誕生し、司馬懿はその帝国の創業者として名を歴史に残すことになるのです。
しかも一応、子孫からは皇帝としての名前をもらっています。
さて、最終局面で見たときに、どちらが勝者でしょうか?
【編集後記】
年明けには新作も出ますしね。楽しみです。
さて、昨日は朝から千葉県方面に出張。
クライアントに決算のご報告。
池袋に戻ってカフェでブログ更新と打ち合わせまとめ。