「放し飼い」は自由ではない

おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。

今日は、「放し飼い」は自由ではない、というお話。

組織勤めは窮屈である

特に、組織の規模が大きくなればなるほど、窮屈になっていきます。

良くある比喩表現の「箸の上げ下ろしまで」というやつです。

出張する際の荷物チェックから、

外部から入手した電子データの取り込み、

身分証明書の定期チェックまでありとあらゆることに手続きが設けられています。

そしてこの手続き、減ることはありません。増える一方です。

とにかく、窮屈ですね笑

でもその代わり。

「手続きさえ守っていれば、組織が守ってくれる」

メリットもあります。

何か結果的にトラブルが生じたとして、それでも所要の手続きを守っていたとすれば、

それはむしろ手続きの側に問題があったということになるのです。

手続きを守っていたにもかかわらず問題が起きたとすれば、当事者というよりはその手続き自体に瑕疵があった。

そういう思考回路が働くのです。

これが窮屈さの代償です。

「放し飼い」は自由ではない

かたや「放し飼い」の個人事業主・フリーランスはどうか?

事務手続きなんて存在しません。

決裁権者は自分自身。

自分で起案し自分でハンコを押す。

出張する際の手続きなんてありませんし、外部から仕事で必要なデータを受け取っても、特段の事務作業はありません。

身分証明書のチェック・・・はある場合も。ただ、頻度はガクッと減るはずです。

組織勤めから転身すると、あまりの自由さにびっくりします笑

でも、何の代償もない、なんてことはありませんね。

決裁権者が自分ということは、何らかのトラブルが発生した場合は自分自身で責任を取る、ということです。

ここが組織勤めと違うところ。

個人事業主・フリーランスには、自分の存在を守ってくれる組織は無いという場合が多いです。

放し飼いにされている代わりに、大きな責任を自分で負っているのです。

むしろ、組織勤めの時よりも、強い責任感が求められることになるのです。

「放し飼い」は自由とイコールではないのです。

自責に耐えうるか

組織を離れて初めて、組織に所属しているありがたみがわかります。

面倒だと思っていたあんなことも、

仕事の本質ではないと敬遠していたこんなことも、

実は本来自分が負うべき責任を組織が被ってくれていた証拠なのです。

案外、自由でうらやましいと思っていた放し飼いも、そちらの立場から考えると実は自由でも何でもなくて、

自分の代わりに責任を取ってくれる人間・組織がいなくなったというだけのことなんです。

売上が上がらないのも、営業がうまくいかないのも、仕事の納期に遅れてしまったのも、

全部自分の責任なのです。

組織から離れて独立するということは、この強烈な自責の世界に飛び込むということなのです。

・・・それでも。

私自身は、独立したことを後悔していません。

売上がうまく伸びなくても、自責に耐えなければならなくなっても、

「放し飼い」の世界はあまりにも居心地がよかったのです。

独立後の世界にいらっしゃいとは言いませんが、決して悪いものではありませんよ。

強烈な自責に耐えうることができれば、ぜひ。

【編集後記】

昨日は午前中はブログ更新と自重トレーニング。

午後からはお客様からいただいたデータの整理。

【筆者紹介】

 

 

 

 

 

 

 

 

【国税OB】の税理士・村田龍矢        (Tatsuya Murata)。練馬区を拠点に、個人事業主や経営者に向け、難解な税金や実務の仕組みを分かりやすい言葉に「翻訳」して発信中。税務署側の視点と実務経験を活かした、安全で確実な税務サポートと、経営者の時間を奪わないスマートな非同期コミュニケーション(メール・チャット特化型)を得意とする。