テクノロジーへの「べき論」を手放し、エッセンスを味わう

おはようございます。東京・練馬の税理士、村田龍矢です。

今日は、テクノロジーへの「べき論」を手放し、エッセンスを味わう、というお話。

「1ミリの開き直り」で自己肯定感の摩耗を防ぐ

生成AIとプログラミングにチャレンジしている昨今。

スルスル進むことはほとんどなくて、大体は何かしらの「エラー」メッセージが出現して足踏みしています。

新しいツールやテクノロジーを使いこなそうとすると、どうしても壁にぶつかってしまいますよね。

「なんで自分はこんなこともできないんだ」「どうしてこの機械は言うことを聞かないんだ」

と無理に深追いしすぎるのは危険です。

完璧主義に陥いると自分をすり減らすことになります。

こうなるとやがて自己肯定感が減少し、傍から見れば自暴自棄ともいえるような行動をとってしまうことすらあるんです。

せっかく新しいことにチャレンジしているのに、心身を壊してはもったいない。

だからこそ、壁にぶつかった時には

「今の自分、あるいは今の技術でできないものは仕方がない」

という「1ミリの開き直り」を持ちましょう。

この適度な手放しによって心はフッと軽くなり、本来の自分を取り戻すことができるのです。

「べき論」を手放し、必要性を自覚する

世間を見渡すと、「これからはAIを導入する『べき』だ」「DX化を急ぐ『べき』だ」という煽りの声が溢れていますね。

しかし、この「べき論」だけでテクノロジーを導入しようとしても、結局は現場から見えない抵抗が出てきて、物事は少しも前に進みません。

手法ありき、テクノロジーありきで進めてしまうと、結局何が目的だったのかを見失ってしまうのです。

例えば、今まで手書きで仕事の書類を作りFAXで送っていたものを、

パソコンで書類を作り、それを印刷してFAXで送る、とか。

これでDXだと言われても、ね。

(メールで送る、オンライン上でファイルを共有するとか、やるならそこまでやりたいですよね)

目的を見失い、掛け声だけになるとこんな事態に陥るわけです。

焦る気持ちを抑え、まずは「本当に今の自分たちにそのテクノロジーが必要なのか?」と一呼吸置きましょう。

べき論を手放し、自らその「必要性」を心底から自覚して初めて、テクノロジーの導入は驚くほどスムーズに進んでいくのです。

エッセンスは「要約」ではなく「文脈」に宿る

完璧主義を手放した先に見えてくるのは、情報の「密度」による分類です。

消費されてすぐ消えていくような情報はAIという「第二の脳」で管理しますが、

自分の血肉となる濃厚な情報は、あえて自分の手で電子タブレットに線を引きながらじっくりと読み込みます。

あくまで紙を使わず、でも電子機器を利用してアナログの習慣を引き継ぐのです。

AIを使って要約することも確かに効率的です。

数百ページに及ぶ名著が、数分で要約されるなんて、一昔前ならありえない話です。

頭を悩ませながら格闘しなければ読めないような書籍が、あっという間です。

でも、情報の大切な「エッセンス」は本文の中にしか書かれていないと思っています。

前後の文脈、筆者が選んだ単語、言葉遣い……そのすべてが、実は欠かすことのできない重要な「情報」なのです。

AIの要約では無視されてしまうそのエッセンスを、自らの手で拾い上げるためにアナログの余韻を残しておく。

これからも、最先端のAIとアナログな人間の領域をシームレスに行き来しながら、自分だけのAIとの付き合い方を追求していきます。

【編集後記】

昨日は午前中はブログ更新と自重トレーニング。

午後からはお客さまの会計チェック。

夕食後はGeminiに聞きながらPythonと格闘。試行錯誤。